少子高齢化、担い手不足、市場の縮小など、さまざまな問題を抱える日本の農業。それにともない、農山漁村の一部は〝限界集落〟となり、存続の危機に立たされている。そうしたなか、昨年3月1日に農林水産省は「六次産業化法」を施行し、農林漁業者を支援する新たなスキームを立ち上げた。はやくも1年が経過したが、その現状はどのようになっているのだろうか。6次産業化の事例とともにリポートしたい。
施行から1年が経過
六次産業化法の成果は!?
日本の農業は窮地に立たされている。国内食品マーケットは80・4兆円(平成7年)から73・6兆円(平成17年)にまで減少し、農業産出額は11・5兆円(平成2年)から8・3兆円(平成18年)に、さらに農業所得は6・1兆円(平成2年)から3・4兆円(平成17年)に減少しているのだ。
しかし、農山漁村には農産物、バイオマス(稲わら、食品廃棄物、未利用間伐材)、経験・知恵、自然エネルギー、風景、伝統文化など、豊富な地域資源がある。こうした資源活用すれば、新たな産業を創出できるのではないか。ということで昨年3月、農林水産省は「六次産業化法」を施行し、6次産業化による農林漁業者の支援をスタートさせた。6次産業とは東京大学名誉教授の今村奈良臣氏が提唱した造語で、農畜産物、水産物の生産だけでなく、食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも農業者がかかわわることで、農業の付加価値を高め、活性化させようとする概念のこと。1次、2次、3次の数字をかけあわせて「6次」と名付けられたとされている。
では、六次産業化法によって、農林漁業者はどのような支援を受けることができるのだろうか。6次産業支援に関する認定は大きく総合化事業計画と研究開発・成果利用事業計画の2種類に分けられる。まず総合化事業計画とは農林漁業者が農林水産物や副産物の生産や加工・販売を一体的に行う事業のことで、農林水産大臣に認定された場合は無利子融資を受けられるチャンスがふえたり、その償還期限を延長したりしてくれるという。さらに直売施設などを建てる際の農地転用等の手続きもカンタンになるとか。食品の加工、販売にともなう資金も債務保証の対称にしてくれるというものだ。なお、対象となるのは認定された農林漁業者だけでなく、その取り組みに協力する民間事業者(促進事業者)も含まれる。
一方、研究開発・成果利用事業計画は民間事業者が農林漁業者の6次産業に関する研究開発や成果を利用する事業計画のことで、認定されると新品種の品種登録に要する費用を4分の1にしてくれる。あらに研究開発やその成果をたしかめるための施設づくりにあたって、農地を使う場合は転用の手続きを簡素化してくれるという。また、食品の加工、販売に関する資金調達にあたっても、政府機関が保証してくれるという。
また、認定を受けた事業者は「未来を切り拓く6次産業創出総合対策」といった補助金を活用することもできる。たとえば、ソフト面では「新商品開発、販路開拓等に対する補助」の場合、通常は2分の1補助なのだが、認定を受けることで3分の2補助を受けられるという。ハード面でも「農業法人等が新たに加工・販売等へ取り組む場合の施設設備に対する補助」(補助率:2分の1等)に関しては、認定者のみが申請することができるという。
しかし、農林漁業者が自身で事業計画を立て、認定を受けることができるのだろうか。仮にチャレンジしたとしても、その煩雑さの前に挫折してしまい、宝の持ち腐れになってしまう恐れもあるのではないか。そこで、農林水産省では全都道府県に6次産業化プランナーや6次産業サポートセンターを設置し、6次産業化を構想段階から認定までの計画策定を支援する仕組みを用意している。
六次産業化法にもとづく認定事業者の数は平成24年1月末現在で合計410件に。
「当初の予想よりも多くの農林漁業者の方に活用いただくことができた」と農林水産省庁食料産業局産業連携課専門官の朝倉勇一郎氏は話す。地域別の内訳を見てみると、近畿が111件と多く、都道府県別でもベストファイブに和歌山、滋賀、兵庫が入るという健闘ぶりだ。「近畿の農林漁業者が積極的だったことに加え、6次産業化プランナーの活躍が大きかった」と朝倉氏は説明する。では、各地には具体的にどのような六次産業化の取り組みがあるのだろうか。以下、いくつかの事例を紹介したい。
こだわりのそばを生産・加工・販売
消費者と顔の見える関係を構築(北海道倶知安町)
「6次産業という言葉は新しいが、それこそが農家本来の姿のことだ」―。そう話すのはアオキアグリシステム(有)の青木一廣社長。同社では34㌶の土地で在来種の「牡丹ソバ」を生産。01年からそば粉の加工・販売をはじめると同時に、そば店「農家のそばや羊蹄山」を開店、最近では乾麺の直売・ネット販売を通しても実績を上げている。
その拠点である虻田郡・倶知安町は、札幌市から西へ50㌔㍍、羊蹄山麓に位置する畑作の盛んな地域だ。この土地でもっとも古い生産農家の4代目という青木社長のところでは、農業のかたわら80年にわたりデンプン製造業を営んできたという。本格的な事業開始にあたって、同社では国の支援も得て農業フェアなどで求人を行い、東京と京都から熱意のあるふたりの従業員を採用。加工設備も補助金などを活用して揃えたという。
「寒暖の差が激しく、近くに名水百選にも選ばれている「羊蹄山の湧き水」があるこの地はソバづくりに最適。収穫されたソバの実は風味豊かで栄養タップリだ」と青木社長。同社ではこれを高湿低温庫で貯蔵してから石臼で製粉し、全国約30店のそば屋に卸しているという。また、同社直営のそば屋では毎日製粉し、香りある挽きたてそばとして提供しているという。
このように自社で加工し、販売するのは「消費者との距離を縮めるためだ」と青木社長は話す。そして「農家としてプライドを持ってやるからには、最終消費者から支持される仕事がしたい。もともと農村には加工技術が大なり小なり眠っているはず。それが廃れたのは化学肥料に依存し、単作によって効率性を追求するようになったからではないか。6次産業化とはそれを打開する農家の原点回帰のようなものだと思う」と。
そんな青木社長の夢は自社製品を海外に輸出することだ。そのため、現在は生産管理の手段として世界で通用する基準「グローバルギャップ」を取り入れる用意をすすめているという。「第一次世界大戦後の北海道には、海外にデンプンや雑豆などを輸出し、外貨を稼いだという歴史がある。日本の農業が世界に出るということはまったく荒唐無稽なことではないと思う」と青木社長。その思いを胸に「世界を見据えよう、そのために何をするべきか考えよう」と周囲の生産者たちにも呼び掛けている真ッ最中だ。
問い合わせ
アオキアグリシステム(有)
℡0136-23-2308
北海道虻田郡倶知安町字富士見312番地
http://www.youteizan.com/
キノコ狩り体験や直売所による販売
少数出荷のノウハウで新作物にも挑戦(千葉県佐倉市)
佐倉きのこ農園は1年を通してシイタケ狩りとバーベキューが楽しめる体験型観光農園。来園者への直接販売に加え、地元量販店への出荷も行っている。
開園以来のポリシーは完全無農薬。「椎茸栽培は害虫とカビとのたたかいだが、私たちは害虫とカビが発生する度にすべて手作業で取り除き、農薬、殺虫剤、成長促進剤などを一切使用せず、地下50㍍の天然水のみで栽培している」と齋藤勇人園長は話す。そして「消費者は味の違いに敏感。美味しくないとわかれば即座に口コミなどで売上げに影響が出る。だからこそ、一切の妥協は許されない」と。
こうして栽培された「長生き椎茸」は肉厚、正形、ジク太で傘の閉じた極上品。料理に使ってもいいが、おススメは素材の魅力をダイレクトに味わえる炭焼きか鉄板焼きだそうだ。
出荷は県内スーパーを中心に2、3個単位から行う。スーパーなどへの出荷は普通、少なくとも数十個単位からだが、同園では毎日、販売現場と毎日緊密に連絡を取り合い、その日の見込み数に細かく応じることで、廃棄ロスなどを極力減らすことに努めているという。
丁ねいな栽培方法と小回りの効く販売スタイル、それが同園の売上げの原動力となっているようだ。齋藤園長は「今後は培ったマーケティングデータをもとに新たな作物にも挑戦してみたい」とさらなる意欲を燃やしている。
「各地のキノコ農家や菌メーカーを訪ね栽培法を確立した」と齋藤園長
肉厚長生き椎茸<松>の箱詰は3150円。オンラインショップでも販売されている
とれたシイタケは園内のバーベキューガーデンですぐに焼いて食べられる
問い合わせ
(有)佐倉きのこ園
〒285‐0808千葉県佐倉市太田2395
℡043‐486‐3987
http://www.kinokoen.jp/
自然循環農業への取り組みを機に
ヤギの乳製品を加工販売!!(福井県池田町)
福井県今立郡で有機栽培でコメ・野菜を生産するかたわら、ヤギ飼育と乳製品の加工販売に取り組んでいるのがGORIファーム・TAKARAチーズ工房。カマンベールチーズやヨーグルト飲料などを自家製造に近い形で商品化し、ショッピングセンターの特産品店や地元ホテル、レストランなどで取引している。
「ヤギのミルクは良質のたんぱく質や脂肪、乳糖、ビタミン、ミネラルなどが豊富で、また牛乳より脂肪球が小さいので消化が良く、原乳のまま飲んでも安心」と話すのは生産者の後藤宝さん。
後藤さんは93年に脱サラし、家族5人で神戸からこの地に移り住み、07年からヤギを飼いはじめたという。「有機肥料に使用した「循環型農業」に取り組もうとした際に、ビニールハウスを畜舎に利用でき、牛やブタと比べて初期負担が少なかった」という理由でヤギを飼いはじめたそうだ。さらにこのヤギの乳製品を開発・販売したところ、評判が評判を呼び、収入は2年間で約1・5倍に増えたという。しかも「牧場への来場者が農産物も購入するようになり、売上高の向上につながった」と。ちなみに、ヤギ牧場を経営しているところは珍しく、県内ではここだけ。そんな希少性もヒットの要因となったのかもしれない。
「安定した生産で展開先をさらに広げたい」と後藤さん
ヤギのミルクは牛の10分の1ほどと搾乳量は少ないがニーズはそれ以上あるという
可愛らしいヤギは地元でも人気ものとなっている
<問い合わせ>
GORIファーム・TAKARAチーズ工房
〒910‐2511福井県今立郡池田町薮田4‐1‐13 電話・FAX0778‐44‐7626
http://www.yagi-takara.com/
官民協同のファンド創設で
6次産業化が進化を遂げる
こうした事例をチェックしてみると、6次産業化が着実に進行していることがわかる。とはいえ、食品関連産業の国内生産額が100兆円規模であるのに対し、6次産業の市場規模は1兆円程度しかない。そこで、農林水産省では今後10年間で食品関連産業の市場を120兆円規模、6次産業を10兆円規模に押し上げるという目標を掲げ、1次産業・2次産業・3次産業の価値連鎖を向上させる取り組みを支援するとしている。その一環として、農林漁業者と2次産業・3次産業事業者に「合弁事業」を後押しするファンドを創設するという。
ファンド名は農林漁業成長産業化ファンド(仮称)で、今年9月に設立される予定だ。国からの出資と貸付による300億円、民間からの出資による30億円を募り、そのうち220億円を地域ファンド(地元金融機関や事業者などで構成)に出資し、そこから6次産業化事業者に出資するという仕組みになっている。地域ファンドはプロジェクトごとに立ち上げることが可能なので、地域一丸となって地域資源を活用した特産品づくりを行う場合にも活用することができそうだ。前出の農水省の朝倉氏は「制度融資や補助金に加え、ファンドによる支援を展開することで、事業者はより柔軟に資金を活用することができる。これを機にハード面などの設備投資はもちろんのこと、海外などの販路開拓にもチャレンジしてほしい」とエールを送る。
あらためて認定事例の内訳を見てみると、農畜産関係は多いものの、林産物関係や水産物関係、研究開発・成果利用事業計画の認定件数はまだまだ少ない。ということは、こうした分野にはまだまだ活用されていない地域資源が豊富にあるはずだ。6次産業化でこうした眠った地域資源をフル活用していけば、農業が日本の経済を牽引することができるかもしれない。 |