日本には文化・文政のころから続く「そばと酒」の文化がある。長年、そのつくり手は男性中心だったが、ここ最近、女性のつくり手が急増しているという。その背景には業界の低迷や趣味の多様化といった問題が。そこで、新たな「そばと文化」の担い手として注目される女性の杜氏とそば打ち職人をご紹介したい。
いま、日本酒業界では女性の造り手が増えているという。その背景には何があるのか。ひとつは「後継者不足と杜氏の高齢化」と話すのは、鶴乃江酒造(福島県)の林ゆりさん。
「平成元年と比較すると、清酒の消費量は半分以下にまで減少しています。そうしたこともあって、かつてのように杜氏さんに高いお金を払ってお酒を造ってもらうということが難しくなっています。それと担い手が少なくなっていることから、私たちのような蔵元の娘が跡を継ぐケースが増えてきているんです」と。
事実、平成元年には134万5000礰竑だった清酒の消費量が、平成20年には63万1000礰竑にまで減少している。当然、蔵元の数も年々減少し、94年に発行された「日本酒酒蔵住所録」(発行・フルネット)によれば、2352の蔵が掲載されていたが、09年版では1711蔵にまで減っている。杜氏はピーク時の5分の1にまで減っているという。女性蔵人の増加にはこうした日本酒業界が抱える問題があるというのだ。
ところが、女性杜氏の出現によって思わぬプラス効果も。「ある蔵元では若い女性が酒造りに関わるようになったことで、従業員の若返りが進んだ」という。おかげで蔵元の門を叩く若い人材が増えているのだ。
岡山県の蔵元辻本店(真庭市)では33歳の辻麻衣子さんを筆頭に20代の蔵人たちが酒造りに励んでいる。そうした蔵では、斬新なアイデアで新銘柄が生まれるなど、その効果は大だという酒造界からの声も。
ところで、そばと酒は地域経済とも関係が深い。本誌を監修するNPO法人「ふるさと往来クラブ」では東京・神田でそばと地酒のアンテナショップ「そば酒房 福島」を開いている。事務局長の花澤治子さんは「江戸時代には蕫そば屋酒という流行語があったそうです。そばと酒はそれほどに密接だったし、そこに日本の食文化の有様を垣間見ます。ということで私たちは蕫そば屋酒﨟ならぬ。
蕫そば酒房﨟文化の復活を訴えています。ところが、全国には蔵元が2000近くあるといわれていますが、その大半は小規模で、首都圏に向けてPRしたいという思いはあっても体力的に難しい。そばもしかり、全国で耕作放棄地を使ってそばの栽培が行われていますが、生産者はなかなか販路を見つけられずにいます。当クラブでは、全国各地に存在する蔵元やそばの生産者の首都圏への架け橋になることで、地域の活性化につないでいきたいと考えています」と。
以下、「そばと酒」の文化を継承する女流職人たちをご覧いただきたい。
家業を継いだ女性杜氏
実家が蔵元であったことから杜氏になった女性たち。家業を継ぐという志を持って新たな酒造りに取り組んでいる。
京都府 向井酒造古代米でお洒落なお酒に挑戦
京都府与謝郡伊根町平田67
0772-32-0003
向井久仁子さん (35)醸造歴12年
酒造りに興味のなかった久仁子さんを変えたのは父だった。父にはげしく説得された久仁子さんは、東京農大醸造学科へ進学することを決意。さらにそこで出会った竹田正久教授によって酒造りの楽しさを知った。当初は外で修行するつもりだったが、杜氏だった父が町長になったため、実家に帰って杜氏を継ぐことに。目指す酒は「米の味がしっかりとした飲み飽きないお酒」。今年、結婚した夫とふたりで、修行中の弟が帰ってくるのを楽しみに頑張っている。
私のイチオシ『伊根満開』
酒米「五百万石」と古代米を組み合わせて造った赤いお酒です。ロゼワインのような爽やかな味わいで、女性でも飲みやすいです。酒に合う肴は煮付けなど。
福島県 鶴乃江酒造女性にも飲んで もらえるお酒を
福島県会津若松市七日町
2-46 0242-27-0139
林ゆりさん (37)醸造歴15年
杜氏を目指したのは東京農大醸造学科の3年生のとき。実習で新潟の蔵元を見学し「若手が生き生きと働く姿を見て決意した」そうだ。そして卒業後は福島県の清酒アカデミーの2期生として酒造りの世界へ。現在は、酒造技能士の母と一緒に酒造りに取り組んでいる。仕込みの時期は、毎朝、気温2、3度の蔵で作業を行う。「大変ですがそれがいい酒を造る。酒に合わせた生活は毎日が新鮮で楽しい」と。目指す酒は「食事と一緒に楽しめる酒」だ。
私のイチオシ『純米大吟醸ゆり』
一級酒造技能士の母と造った蕫親子酒﨟。酒米に「五百万石」を使った口当たりのいい辛口のお酒です。肴はそばや白身魚、湯豆腐などがオススメです。
岡山県 辻本店杜氏を筆頭に 若手が元気
岡山県真庭市勝山116 0867-44-315
辻麻衣子さん (33)醸造歴10年
学生の頃は家業を継ぐよりも、海外に対する憧れが強かったという。が、友人に酒造りのことを聞かれて答えられず、それで一念発起。夏休みに実家で酒造りを体験して「一生の仕事にする価値がある」と後を継ぐことに。それからは現場で仕事を学びながら、酒類総合研究所に通って酒造りの基本を学んだ。蔵では黄綬褒章を受章した杜氏・原田巧さんに酒造りを学んだ。杜氏になってからは蔵人の若返りが進んだ。現在は蕫若い力﨟を結集して酒造りに励んでいる。
私のイチオシ『9(ナイン)』
蔵のメンバー9人で造ったことからこうネーミングしました。天然の乳酸菌を取り込むことでフルーティーな味わいに仕上がっています。チーズやグラタンなどに良く合います。
大分県 ぶんご銘醸中学3年の頃からの夢を実現
大分県佐伯市直川大字横川字亀の甲
789-4 0972-58-5855
東由花里さん (26)醸造歴6年
宇佐市出身の東さんが酒造りにハマッたのは中学3年のとき。職場体験で酒蔵を訪ねたときのことだ。「ポコポコと発酵しているもろみに感動して酒造りのトリコになった」そうだ。高校では酒造りの本を読み漁り、卒業後は東京農大醸造学科に進学して発酵や花酵母の研究に取り組んだ。卒業後、先輩の紹介で酒造りの世界へ。現在は3名で酒造りを行っている。毎日の麦運びで「腕だけは太くなりました」と笑う。「長く愛されるお酒を造りたい」という。
私のイチオシ 『香吟のささやき』
蛍が飲む水」といわれる清流「番匠川」の水と精白度を高めた麦で醸した麦焼酎です。焼き魚との相性がバツグンです。
南部杜氏の女性杜氏
日本三大杜氏のひとつといわれる南部杜氏。現在、約350人いる南部杜氏のなかで3名の女性杜氏が活躍している。
兵庫県 灘菊酒造見て盗んだ杜氏のワザ
岡山県真庭市勝山116 0867-44-315
川石光佐さん (32)醸造歴9年
蔵元の三女として生まれた川石さん。どうしても杜氏になりたかったわけではなかったが、南部杜氏の鎌田勝平さんと一緒に酒造りをしたことで開眼した。「職人さんは作業の流れは教えてくれても酒造りのカンどころは教えてくれない。だから、最初の3年間はひたすら見て覚えました」と。学んだのは「見る」「聴く」「触れる」「嗅ぐ」「味わう」の五感を研ぎ澄ませること。学んだことを忠実に守り「お米の味がしっかりと出ているお酒」づくりを目指している。
私のイチオシ『純米大吟醸 きんのしずく』
山田錦の米を40精削り芯だけにして磨いたお酒です。米の味がシッカリとして、フルーティーな味わいです。瀬戸内海で採れた焼きアナゴやれんこんまんじゅうに合います。
岩手県 廣田酒造店南部杜氏初の女性杜氏
岩手県紫波郡紫波町宮手字泉屋敷2-4 019-673-7706
小野裕美さん (35)醸造歴13年
実家は宮城県仙台市にある味噌・醤油の醸造元。最初は家業を継ぐつもりで東京農大醸造学科に進学したが、実習で訪れた蔵元で、酒造りに関心を持った。「ウチとフン囲気が似ていて懐かしく、やってみたいと思った」と振り返る。卒業後、岩手県の蔵元で修行。そして04年の南部杜氏協会の杜氏資格選考会で初の女性杜氏として認定された。現在は9歳と6歳と3カ月になる3人の子育てもするママさん杜氏だ。目指すのは「飲んでホッとする酒」。
私のイチオシ『無濾過純米 しぼりたて』
岩手県産の酒米「吟ぎんが」を使っています。初仕込みは12月初旬。純米吟醸生原酒に仕上げています。新酒らしいフレッシュな香り、やわらかな口当りが特徴です。
岩手県 月の輪酒造店農家が元気になる酒を造りたい!!
岩手県紫波郡紫波町高水寺字向畑101 019-672-1133
横沢裕子さん (36)醸造歴14年
三姉妹の長女。若い頃は家業を継ぐことに抵抗があり、学生時代は東京で服飾関係の仕事に就くことを目指していた。が、故郷を離れてみて、実家の良さをあらためて実感した。そこで裕子さんは酒造りを学ぶため、国税庁醸造研究所(現 酒類総合研究所)の講習生に。昔ながらの味を守る一方、地元の雑穀を使った酒や酒母を応用したアイスクリームなど、新たな層を開拓するため積極的に新商品を開発している。目指す酒は「農家が元気になる酒」。
私のイチオシ『大吟醸 宵の月』
酒米「吟ぎんが」を使い、華やかな香りとふくよかな味わいのある大吟醸に仕上げました。香りも味も強いのでそばや白身魚、蒸し物などに合います。
鹿児島 本坊酒造屋久島で酒を造る浪速っ子
鹿児島県屋久島町安房2384 0997-46-2511
石井律さん 醸造歴5年
今年杜氏になったばかりの石井さんは大阪出身。焼酎専門店で働いていたことから酒造りに興味を持った。思い立ったら吉日、さっそく石井さんはアチコチの蔵元にアタック。が、大半は門前払いだった。そしてついに屋久島の本坊酒造に就職することができた。「最初は文化・言葉の違いに苦労した」が、いまでは屋久島にある「伝承蔵」で杜氏として活躍している。「造り手の顔が見える酒づくり」が目標だ。
私のイチオシ『手造りかめ壷仕込み太古屋久の島』
原料は甘く柔らかい超軟水の「屋久島の水」と良質なさつま芋。屋久島産の芋を使用して、ジックリと仕込んだ手造りかめ壷仕込みの芋焼酎です。甕壷仕込みならではの甘みとコク、うまみを味わえます。