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東方通信社発行 学苑報
知られざる「鳩レース」市場の地域経済 |
2011年 9月 16日(金曜日) 00:00 | |||
昭和40年頃には登録鳩が400万羽と、ピークを迎えていた鳩レース。一時は鳩レースを題材にした漫画が連載されるなどして、子どもたちの間でも高い人気を誇った。そんな鳩レースは現在でも年間数千回開催されており、その周辺には鳩の飼育や飼料づくり、鳩舎経営といった具合に、ふるさとを活用できるビジネスがイッパイだ。では現在、鳩レースはどのような状況にあるのか。また、鳩レースは地域経済とどのように結びついているのか。そのあたりの動向をリポートしてみたい。 鳩は情報通信のさきがけ 昭和39年の東京オリンピックで数千羽の鳩が放鳩された姿を記憶している人も多いのではないか。その東京オリンピックと相前後するように、鳩レースは日本でブームを迎えた。実際、昭和40年には足環(鳩レースの際に鳩の足に付ける識別番号付きの登録証)登録した鳩の数は400万羽と、鳩レース競技人口のピークを迎えたのだ。社団法人日本鳩レース協会(東京都台東区)事務局長の宮川幸雄さんによると「鳩レース協会員は昭和30年には3万人となり、現在は1万6000人前後でほぼ横ばい傾向だ」そうだ。また、78年に『週刊少年チャンピオン』でレース鳩を題材にした飯森広一氏の漫画『レース鳩0777(アラシ)』連載され、若年層も鳩レースに参加するようになり、競技人口の裾野が一時的に広がったこともあるという。 レース鳩の歴史は非常に古い。もともとは伝書鳩として文書を遠くへ運ぶというのが役割であり、情報通信の初めてのツールだった。『伝書鳩 もうひとつのIT』(文春新書)黒岩比佐子著にそのあたりの歴史は詳しいが、先の大戦で日本でも鳩は軍鳩として軍事戦略上、重要な役割を担っていた。 その後、鳩は新聞社や通信社で記事や写真を運ぶ通信手段としての役割を担っていた。新聞社、通信社の屋上には鳩舎があるのが当たり前の光景だったのだ。だが、電話やITの普及によって、通信手段としての役割は終わり、今ではレース鳩としての役割だけが残ったのだ。 なお現在、レース鳩を統括する団体としては、農林水産省管轄の社団法人日本鳩レース協会と日本伝書鳩協会のふたつがある。宮川さんによると「鳩レースに参加するには、どちらかの団体に所属して足環を鳩に装着させなければなりません。足環をしているのがレース鳩であり、それ以外はドバトということになるのだ」そうだ。
まだまだ人気を集める鳩レース 日本における鳩レースの競技人口はピーク時より下がったとはいえ、年間数千レース近く開催されている。レースは100、200、300、500、700、1000キロ別に分けられている。そもそも鳩の帰巣本能を生かしてレースを開催するので、レース自体は各地区ごとに開催される。鳩レースに参加する鳩舎は各地区連盟に所属し、地区連盟ごとに主催する鳩レースに参加するのだ。そのため、鳩レースには全国大会は存在しない。また、鳩レースの特徴は、スタート地点は同じでも、ゴール地点はそれぞれの参加者の鳩舎となる。もちろん、微妙にレース距離が違ってくるので、着順を競うのではなく、どれだけ速くゴールに着いたかを競う分速計算で順位を決定するのだ。 東京スカイツリーの近くに鳩舎を持ち、数々のレースで優勝経験がある東京中地区連盟の及川茂さんを訪ねた。及川さんは鳩レースの魅力について「飼育、訓練、レース、繁殖交配まですべてを自分の管理でやることができるのが魅力です」と話す。 及川さんはこれまでに『若大将号』という短距離、長距離の双方に強いレース鳩を育て、数々のレースで賞を獲得してきた。もちろん、鳩の訓練にも独特のこだわりを持っている。「鳩舎に帰還してくる鳩を竿ではらい忍耐力をつけさせます。また、与える餌にも独自の配合があります。そして、何よりも手間をかけ、鳩それぞれの資質をとらえて訓練することが結果につながるのです。奥が深い競技なので、長年趣味としてつづけてこられました」と。実際、その鳩レース愛好家ぶりは並大抵ではなく、鳩を飼うためだけに都心にビルを建てたというからビックリだ。
鳩オークション市場の意外な活況 日本では高齢化で競技人口が減少傾向にある鳩レースだが、欧米などでは今も盛んで、鳩レースオリンピアなるものまで開催されている。また、台湾や中国でも鳩レースは大人気。台湾ではひとつのレースで10億円以上の金が動くことがあるという。また、及川さんによると「レース中に網をかけて鳩をさらい、その身代金を要求するような事件もたくさんある」そうだ。また、今年の1月にはベルギーのオークションで中国人富豪が20万ドルでレース鳩を競り落としたという事例もある。そのほか、海外では血統に関する専門雑誌やレース情報の雑誌が何誌も創刊されている。どうやら日本と違って、レース自体に高額な賞金が賭けられていることで、多くのファンの心を掴んでいるようだ。 だが、日本でも鳩のオークション市場は非常に元気だ。鳩舎を営む鳩マニアは、鳩をレースで優勝させ、オークションに出品して売り、鳩レースのための費用を捻出しているという。「平均的には5万~10万円だが、なかには数百万円でオークションされる鳩もいます」と宮川さん。協会の発行している『レース鳩』という雑誌にもレース結果のほかに、誌面の3分の1が鳩舎の鳩の売買広告で埋まっている。当然ながら、血統がいいほど好まれるため、鳩を育てた鳩舎にはすぐに「買いたい」という問い合わせが殺到するという。また、なかには交配のためにベルギーやアメリカなどから優秀な血統の鳩を輸入し、交配させるファンもいるそうだ。
鳩レースによる地域経済 では、鳩レースにはどのような産業が関連してくるのだろうか。そのひとつが鳩舎である。鳩舎の場合、鳩の数が増えれば増えるだけ、大規模なものを用意しなければならない。しかも、鳩レース愛好家となると、1羽や2羽だけでなく、100羽以上飼うことも多いというから、かなりの規模が必要になる。だから、鳩のために専用のビルを建てたり、2階、3階建ての鳩舎を建てたりする愛好家も多いそうだ。また、鳩舎内の止り木、巣箱、移動用の放鳩籠なども必要になるが、各地にそれらをつくる専門の木工所などがあるという。 とはいえ、最近の住宅事情などから、鳩レース協会では委託鳩舎制度を実施しているという。これは鳩を預かり、飼育、訓練などを肩代わりしてくれる制度でのこと。八郷国際委託鳩舎と伊賀国際委託鳩舎の2カ所で、1羽当たり年間1万5000円で引き受けているという。また、鳩の餌である飼料も大きな市場をつくっている。とくに穀物、ビタミンなどを10種類、20種類と配合した既成品は愛好家にとっては必需品なのだそうだ。 さらに鳩医療・健康管理に関する産業にまで裾野は広がっていく。「一番お金がかかっているのは薬代やサプリメント、入浴剤かもしれません。どんなに優秀な鳩でも身体を壊したら、レースで優勝できないからです。私は日本の薬はもちろん、海外の鳩専用の薬や入浴剤を輸入したりもしています」と及川さんは話す。現在、日本では鳩専用の薬をつくるメーカーはほとんどないというから、これに目を付けてみるのもおもしろいかもしれない。そうすれば、国内のみならず、欧米や中国、台湾など輸出していくことも夢ではないだろう。ところで、日本には鳩専門の医療機関は少ないため、(社)日本鳩レース協会では「ピジョンクリニック」(03-3823-8310)や薬の販売を行う「協会ピジョンドラッグ」(03-3823-8310)を併設しているそうだ。 ところで、こうした産業を活性化するには、若年層の鳩レース愛好家を増やす必要がある。そこで、鳩レース協会では「幼稚園で50キロくらいの鳩レースを開催して、子どもに鳩レースの楽しさを伝える取り組みなどを行っている」そうだ。また、先日は品評会で初めて女子大生が優勝したというニュースも報じられた。こうして多くの若者たちがその鳩レースに興味を持つようになれば、鳩レース市場や関連産業はさらに元気になるはずだ。
鳩レースの帰還率が減少 レースに参加した鳩の鳩舎に帰ってくる羽数を帰還率という。100キロと1000キロのレースでは100キロのレースのほうが帰還率はいい。その帰還率が全体的に年々悪くなっており、レースによっては全滅するレースも発生しているという。これは日本に特有の現象だそうだ。その原因は近年の通信・放送網の拡大で、基地局や携帯の電磁波が多くなり、鳩の方向感覚を狂わせているからだという説もある。 しかし、鳩レースを実際に行っている人たちによると、保護による猛禽類の増加が一番の原因ではないかという。とくに鷹は一般の人が思っているよりも多くなっており、レース中の鳩を襲うケースが増えているそうだ。このように鳩レースが自然環境の変化を察知する手立てになることもありそうだ。 鳩の帰巣本能 鳩や犬、猫など距離の離れた遠い場所から自分の巣に戻ってくる能力を帰巣本能という。イギリスの犬が150キロ離れた場所から7週間かけて帰ってきた事例があるようだが、鳩の場合は1000キロ離れた場所、あるいは2000キロ離れた場所から巣に戻ってくるという驚くべき帰巣本能を持つ。動物の帰巣本能については科学的な定説があるわけではなく、仮設があるのみである。それは五感を駆使し、頭のなかに地図をつくり出している感覚地図説太陽や月、星の位置から方位を割り出しているという天体コンパス説方位磁石と同じ働きをする物質が体内にあり、方角を探知している地磁気説などに大別される。ちなみに、鳩は太陽の位置などを確認して方位を決めているというのが一般的だ。 鳩レースに参加する方法 初心者が鳩レースをはじめるには、鳩を卵か雛の段階で飼うか、譲り受けることからはじめなければならない。ドバトを捕まえて飼うことも可能だが、おそらく帰巣本能を発揮して帰ってくることはできないだろう。 鳩レースに参加する鳩には管理された飼育と訓練が必要になる。また、鳩レースに参加するには(社)日本鳩レース協会か(社)日本伝書鳩協会の会員とならないといけない。さらに、鳩は足環(認識番号)を得ることによって、レース鳩として登録され、初めて鳩レースに参加することができるようになる。こうして、飼い主は自分の鳩舎のある地区の地区連盟に加入し、その地区連盟の主催する鳩レースに参加できるようになるのだ。なお、地区連盟は各県、各ブロックに組織されており、25人以上の会員で構成されている。 鳩愛好家被災に対する支援の輪 鳩愛好家の職種を見てみると、自由時間がある、鳩舎を建てる広い敷地があるといった条件から農家であるケースが多いようだ。もちろん、このたびの震災による被災地区にも鳩愛好家は数多く存在する。大津波で鳩舎を流され、家も流され、生活基盤を失った愛好家もいれば、亡くなってしまった愛好家も多い。そこで、全国の鳩愛好家が集まって、被災者のために募金活動を行っているという。また、鳩のチャリティーオークションによる支援活動も展開しているそうだ。こうした取り組みで、一日も早く被災者たちが鳩レースを楽しめるようになってほしいものである。
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最終更新 2011年 11月 17日(木曜日) 16:12 |