「歩」が「金」に成る「将棋」から 日本のビジネスマインドを学んだ!! 印刷
2012年 3月 13日(火曜日) 16:11

〈リード〉

人材派遣や貿易、旅行業など幅広いビジネスを手掛ける(株)アルバックス。代表取締役の呂娟氏はそういったビジネスのかたわら、中国日本将棋クラブ理事長として、中国での将棋の普及にも全力投球しているという。そんな呂氏に謝宏宇北京放送東京支局長がインタビュー。ビジネスと将棋に熱意を傾ける呂氏の人物像に迫った。

 

〈ゲスト〉

呂娟(ろ・けん リュー・ジュエン)

株式会社アルバックス代表取締役会長

〈プロフィール〉

中国河南省鄭州生まれ。90年に日本に留学し、00年に大学院を卒業。04年(株)アルバックスを創立。同社で人材派遣や国際貿易、旅行業の事業を展開するかたわら、日中の文化交流事業にも尽力。中国日本将棋クラブ理事長、日中文化交流中心理事長、日本中華書画芸術研究院理事長、東南アジア文化藝術交流協会主席などを兼任している

 

〈本文〉

謝宏宇・北京放送東京支局長 どのような経緯で来日しましたか。

呂娟・アルバックス代表取締役会長 中国では医学を学んでいましたが、どうしても海外のことを知りたいと思うようになり、留学を決意しました。そして、アメリカと日本に留学の申請を出したところ、日本のほうが早めにビザがおりたので、21歳のときに来日したのです。

謝 ご両親は心配しませんでしたか。

呂 河南省から海外に行く人が少なかったこともあって、両親はとても心配していました。しかし、何としても海外のことを知りたいと思っていたので、反対を押し切って留学しました。

謝 大学ではどのようなことを勉強しましたか。

呂 当時は経済や経営を学ぶ人が多かったのですが、私はあえて日本文化を専攻しました。かの有名な魯迅もそうですが、医学を志して日本の東北大学に留学しましたが、心の治療が大切だと知り、文学を志しました。私も同じように、文化などを通じて人の心を癒し、世の中を良くしたいと考えたのです。

謝 大学卒業後にアルバックスを立ち上げたそうですが、就職は考えなかったのですか。

呂 就職活動でふたつの企業から内定をもらっていましたが、日本の会社ではお茶くみやコピーといった仕事を経て、徐々にステップアップしなければなりません。ですが、当時の私はそれでは時間がもったいないと考え、友人たちと一緒にみずから会社を立ち上げることにしたのです。失敗してもいいから、とにかくやりたいことを今のうちにやろうという思いがあったのです。

謝 アルバックスではどのようなビジネスをはじめたのですか。

呂 最初に手掛けたのは人材派遣のビジネスです。当時、日本にはたくさんの留学生がいましたが、みんな就職に困っていました。そこで、企業と留学生のマッチングを行うことにしたのです。もちろん、人材の質を保証する必要があるので、留学生たちにはビジネスマナーの研修などを受けてもらってから企業に紹介するような仕組みにしました。とはいえ、最初の頃は勝手がわからず、紹介した学生がすぐに会社を辞めてしまうといったこともありました。

謝 現在は貿易や旅行といった分野のビジネスも展開していますね。また、舞踏家のヤン・リーピンなどの公演をプロデュースするなど、文化事業にも力を入れているようですね。

呂 文化は人の心を癒してくれるので、私は自分が感動した文化をほかの人に伝えるように心がけています。そのひとつが日本の将棋です。日本の将棋は礼にはじまり礼に終わります。最後に負けても心から参りましたといって終わるのです。そうした考え方からは非常に学ぶべきところがあります。中国では自分から正直に謝ったりする習慣があまりないので、将棋を通して子どもを素直に育てることができると思うのです。また、日本の将棋は相手から取った駒をまた使うことができます。これはほかのボードゲームにはまったくない概念ですし、非常に倫理的で心優しいルールです。さらに日本の将棋は「歩」が相手方の陣地に到達すると、「成る」ことで「金」と同様の動きができるようになります。このことからは努力は報われるという精神を学ぶことができるのです。

ちなみに、私はこうした将棋の素晴らしさを中国にも伝えたいという思いから、日本将棋連盟などと協力して、北京や上海などで将棋クラブを立ち上げたり、将棋イベントを開催したりしています。

謝 中国での将棋の評判はどうですか。

呂 大人気です。なにせ将棋クラブに通っている子どもたちはみんな合理的、論理的な思考が培われ、数学の試験で100点を取れるようになっていますから。そのため、今では北京大学などでは授業のひとつとして将棋が使われていますし、上海ではひとつの地域の小学校ですべて将棋が採用されています。将棋人口はすでに北京だけで2万人くらいで、上海はそれ以上になっています。

謝 将棋を通じて日本のことも伝わっていますか。

呂 もちろんです。私たちが将棋を教えた子どもたちはみんな日本のことが大好きで、いつか将棋のプロになりたいとまでいっています。そのほか、将棋を介した文化交流も行っています。たとえば、毎年11月に北京の日本人学校では、日本人と中国人による将棋大会を開催しています。

謝 中国の子どもたちを日本に招いたりもしているそうですね。

呂 私の息子はいま中国の高校に通っているのですが、それが縁で中国から100人の子どもたちを日本に招いて、大阪、神戸、京都、四国、東京を案内したりもしました。

謝 息子さんも将棋をしているのですか。

呂 息子も将棋をずっとつづけています。おかげさまで相手のことを思いやれる青年に成長してくれました。実際、学校ではボランティア活動に一生懸命のようで、毎日、ほかの生徒の分まで給食の後片付けをしたりしていたそうです。そして、そのことを給食のおばさんが学校に伝えたため、息子は学校からは労働模範の表彰を受けたそうです。

謝 将棋や日本の文化、そして呂さんの生き方が息子さんを立派に成長させたのですね。本日はありがとうございました。