日本一の急勾配を誇る 山岳鉄道に乗って 箱根の自然が生み出す 文化と産業を体感!! 印刷
2010年 7月 23日(金曜日) 18:17

神奈川県小田原市、箱根町をまたぐ箱根登山電車。沿線には500年の歴史を持つ城下町と関東屈指の温泉街があり、毎年多くの観光客が訪れる。また、海と山が近いという自然環境を生かして、江戸時代から温泉以外にもさまざまな産業が育まれてきた。さっそく、箱根山を目指して産業観光の旅にレッツゴー!

まずは始発駅の小田原駅からほど近い㈱柏木美術鋳物研究所へ。小田原には室町時代に始まった鋳物造りがある。江戸時代には相模国で生産される鋳物の半分が小田原産だったという歴史がある。しかし、現在も鋳物の生産を行っているのは同社だけに。「小田原御殿風鈴の特色は砂張(銅と錫の合金)を使うことです。砂張は強度が弱いため敬遠されがちですが、鐘や鈴にしたときに実に美しい音色を出すことができるんです」と話すのは社長の柏木照之さん。そこで、同社では風鈴や鈴といった鳴り物をメインに、茶道具や花器などを昔ながらの手法でつくりつづけているという。一方で新商品の開発にも余念がない。昨年には地元企業の㈱StrapyaNextと提携して風鈴型の携帯ストラップを制作。これがネットショップを中心にブレイク、一挙に小田原鋳物の知名度がアップしたそうだ。

おつぎは2駅先の風祭駅で下車、駅に隣接する「鈴廣かまぼこの里」に立ち寄りたい。ここは小田原かまぼこの老舗「鈴廣」の施設で、敷地内には土産物屋や飲食店、かまぼこ博物館などが並ぶ。「小田原は箱根山系の良質な水と豊富な水揚げを誇る漁港があり、江戸時代からかまぼこの産地として知られてきました。ここではその歴史や魅力を発信しています」と広報の湯山典江さん。

人気スポットは07年にオープンした食事処「千世倭樓」。秋田から移築したという合掌造りの建物内では、懐石や割烹のほか、話題の「小田原どん」を味わえる。小田原どんとは「小田原でとれた食材をひとつ以上使い、小田原漆器に盛る」ことが条件。加盟店(現在は20店舗)ごとにオリジナルのどんぶりメニューを用意している。09年2月から、小田原の商店街と箱根物産連合会による、地域活性化事業のひとつとしてスタートしたという。千世倭樓は昨年12月から参加し、玉子でとじたごはんの上に小田原産の鯵とかまぼこでつくったメンチカツをのせた「鯵メンチの小田原づくし丼」を提供している。小田原が誇る名物であるかまぼこと漆器を一緒に楽しめる逸品だ。

ふたたび電車に乗って、入生田駅へ。線路沿いにある「箱根ろくろ細工たなか」に向かった。ろくろ細工とは江戸時代からつづく箱根の伝統工芸のひとつで、その名の通りろくろを使って木を削る技術のこと。「もともと箱根は森林が豊富なため、昔から木工が盛んでした。江戸時代に流行した豆コマ(直径1礼程度)の産地でもあったんですよ」と話すのは田中一幸さん。田中さんは中学卒業以来、この道一筋のろくろの名人で、組子細工作りを得意としてきた。組子細工とは木製の卵のなかにひと回り小さな卵が順々に11個入っているという玩具のこと。ろくろのスピードに合わせて、自在に木片を削り出していく様はまさに匠の技といえる。また、店内ではろくろ体験ができるコーナーもあり、小中学生に大人気だという。「木工業界は需要の低下や後継者不足に悩まされています。だからこそ、ろくろ細工の魅力を伝えていきたいと思うんです」と意欲的だ。

一方で、復活をはたした木工業もある。いまや箱根の伝統工芸の代名詞となった寄木細工がそれだ。寄木細工のメッカは箱根湯本駅から車で15分ほどの畑宿。この地で伝統工芸士として腕を振るうのが㈱金指ウッドクラフトの代表を務める金指勝悦さんだ。金指さんの寄木細工は、一般的な寄席細工とはひと味違うことで知られる。通常、寄木細工は異なる色の木を寄せ合わせて模様を作り、それを薄く削ったものを製品に貼り付けて作る。しかし、金指さんは寄せ合わせてブロック状になった木をそのまま削るのだ。「手間もコストもかかるけど、この手法のほうが木の美しさを引き立たせることができるからね」と話す。現在、金指さんはこの独自の技術を生かして、14年連続で箱根駅伝のトロフィーを制作するなど、幅広い活躍ぶりを見せているという。

また、金指さんの呼びかけで05年には周辺の若手寄木細工職人を集めた「雑木囃子」というグループが誕生し、話題を集めている。金指ウッドクラフトの清水勇太さんも雑木囃子に参加する職人のひとり。「それぞれの仕事とは別に、雑木囃子として展示会に出品させてもらったりしています。おたがいに刺激を受けながら、いい職人になっていきたいです」と話す。

さて、箱根湯本駅から電車に乗って、あじさいを眺めながら終点の強羅駅に。あたりは温泉地としても有名だ。駅から程近くにある「箱根強羅公園」内の「カフェpic」に足を伸ばした。お目当ては「箱根地産cafeプロジェクト」のひとつで、1日10食限定の「強羅園カレー」。このプロジェクトは箱根周辺の地産地消を推奨するために、箱根ラリック美術館「カフェ・レストラン リス」の呼びかけで09年4月にスタートしたもの。カフェpicの勝俣弘美店長は「周囲のカフェや農家の方たちと協力して、これからも地元の食材を食べてもらえるように努めていきたい」と。ちなみに、「強羅園カレー」は小田原産のニンジンとタマネギの甘みが生きた欧風カレーだ。現在はカフェpicを含めて12店舗が今プロジェクトに加盟。最近はわざわざカレーを目当てに来る人たちも増え、新たな観光資源として注目を集めている。

どうやら箱根登山電車の沿線には温泉だけでなく、歴史や自然を生かした新しい取り組みが育ちつつあるようだ。温泉に向かう前にチョット立ち寄ってみてはどうだろうか。